信用金庫(しんきん)の歴史

信用金庫は、日本において地方銀行、都市銀行、農林漁業協同組合などと並ぶ金融機関の1つで、その歴史は古く、以下のような経緯があります。

1880年代から1900年代初頭にかけて、日本では金融界の近代化が進み、西洋の銀行制度が導入されました。その中で、日本の地方においては、金融機関が充実していなかったことから、地方住民がお金を借りる手段が不足していました。

そこで、地方における農商工業の振興を目的に、日本においても産業組合法が1900年に制定され、信用組合(のちに信用金庫が独立)は法的に認められる金融機関となりました。当初は借入金の供給源として、その後、普通預金も受け入れるようになり、地域の発展に大きく貢献しました。

戦後、1951年に「信用金庫法」が施工され信用組合から信用金庫が独立しました。この際に、信用組合より、より金融機関色を強めることで、地域金融機関としての役割も拡大しました。その後も、信用金庫は地域の発展や地域住民の生活を支える金融機関として、今日に至っています。